keiko

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秋風に想う

秋のそら
さらさらとより添う風
天高くその生命は歓びを称えて
まるく満ちる

秋になると、小学校の帰りみち 母の好きなすすきを見つけては背の高さほどあるその茎を幾重にも束ねて摘んでいたことを想い出します
手渡したときの優しくほころぶ顔に
会いたくて あいたくて
鼻息荒くかけ足であがる坂道

…それから止むことのない変動の時を巡り
何十回目の秋のそらの下

さわやかな
今朝。

大丈夫な
いま。

関わりのなか自分に向けられた
ひとつ ひとつの 助力が重なりあい  
温厚な大地となり
支えられている いま。


あまりに心地よい風を連れて来てくれた今日の日に
特別に心惹かれる『そら』の存在に憧れる日々の歩みを重ねられる喜びと 意味を想ったのでした。


私にとって「そら」は

何事にもとらわれず
無心に生きる 自由な心

全てのこだわりと 自我を離れて
はばたき きらきらとひろがりゆく心。



現実のなかに生きていると
心を何かにとどめ、

右と左 上と下 黒と白

区分けし、限定していくことが常となり
そこに 自分の居場所を確認し 築けることが
力量とされる節があるように感じます

それは 羽を濁すような優越感 や 劣等感 をあおり
その外に ひろく ひろく 広がっている
恵まれた大地を 見えなくしてしまうように
感じてしまう。

劣等感や不安に苛まれるときこそ
自分のなかにある優越感に気づき
恥ずかしく思うことが ヒントになる。
優越感とは 差別するこころ
その真理は 劣等感も 同じなのかも知れない。
裏と表は 共にあるもの。

そんな
ちいさな ちいさな 意識の底を 見抜くように
突き抜けて
いつも頭上に広がりを見せてくれる そら。

自我を離れたひろがりがつなぐ現実は
きっと なかなか心地よくて 
よろこびあう幸せを
現すことができるような気がしています

急に訪れた秋の爽やかな朝の時間に
珍しく しゃんと
気持ちの 幹を吐露してみたくなったのでした。


たまには自分に問う意味で 言葉にしたものの
後から恥ずかしくなりませんように、、
うーん。絶対なるんだろうなぁ。。笑
あぁーおなかへった、
はやくも食欲の秋の気配 おいしそうなそら。
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by keiko-cerely | 2017-09-02 08:32 | life

福岡を中心に活動する料理家/スタイリストkeiko。ムービー、スチール、ディスプレイデザインなどなど。日々出会うあんなことやこんなこと、幸せな毎日に感謝を込めて。
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